春風のスネグラチカ最終回ネタバレ感想

毎回毎回ヒヤヒヤしながら読み続け、気がついたら今月号で最終回を迎える「春風のスネグラチカ」。あの謎多き第1話からもう1年も経ったのか・・・月日が経つのは早い物ですね。
そして見当違いの感想・考察を書き続けていたあの頃も今となっては懐かしい思ひ出だよ!(白目&吐血)なんかもう逆に笑えるので記念として過去の記事はそのまま晒しておこうと思います。気が向いた方は是非とも「ああこの人アホなんだな」と呆れながら過去記事をお読み下さい(苦)
単行本は7月発売との事。一気に読むとまた違った印象になるかもしれません。
さて最終回のネタバレ感想です。色々な解釈が有る最終回だとは思いますが、ここでは個人的な感想&妄想を垂れ流していきます(※いつも通りです)。


・最終回「栗鼠と子犬の春」。ついに雪娘が春を迎えて溶けて(死んで)しまうのか?この作品はタイトルがそのまま死亡フラグだから一瞬たりとも気が抜けないよ!
・ペドロザヴォーツクに向かう車の中、ミハルコフからの手紙を読むビエールカ。そこには「道を見つけるのだビエールカ」というメッセージが。
・どうやらビエールカの体調は元に戻っているようなので、ひとまず安心。
・例の別荘に到着したビエールカとシシェノーク。マリアの仲間と合流してから既に二ヶ月が経過していたんですね。雪が解け、水浸しになった道路から季節の変化を感じます。前回ラストでは「数週間は覚悟して下さいよ」と言われていたのに二ヶ月かかってしまったのは、やはり天候とか世界情勢が関わっているのでしょうか。
・いや二ヶ月を8週間と考えればこの言葉も嘘ではないかも。
・別荘の門の前に佇んでいたのは「皇帝一家を処刑した男」ユロフスキー。回想では熊みたいにヒゲもじゃだったのに随分サッパリしたな。あまりにイメージが違うから判りませんでしたよ。
・ユロフスキーの横にはあの薔薇装飾の車椅子が。個人的にこの車椅子のファンだったので再登場は嬉しいですね。いやビエールカの立場とか過去とかを考えると手放しに喜べないのかもしれないのですが、この車椅子のデザインは単純に美しいと思います。車椅子のファンってのもおかしいかも知れませんが(笑)
・ユロフスキーの働きにより、この別荘は4日間は自由にできるとの事。その間に「宝探し」を終わらせなくてはなりません。という訳で労働力応援としてやってきたバレンチナとミハルコフが二人をお出迎え。
・バレンチナ無事だったあああー!よかったああああー!!
・ビエールカは感極まった表情で二人に近づき・・・ミハルコフに抱きつきましたエエエエエエ〜
・なにこの納得いかない感・・・シシェノークもバレンチナも二人の抱擁を微笑ましく見守ってるんですけど何なのこの納得いかない感・・・なんかビエールカも頬を赤らめてるし!お父さんは許しませんよ!?(誰)
・いや私が個人的にミハルコフに対してプラスの感情を抱いていないからそう思うだけで、このシーンは読者も微笑ましく感じるべき所なんだろうか?ミハルコフのメモから宝物の在り処のヒントが導き出されたしビエールカ&シシェノークが3年もこの別荘に留まる事が出来たのはミハルコフが報告しなかったおかげってのは理解していますけども納得いかない感・・・(3回)
・ミハルコフが処刑される寸前にビエールカ&シシェノークがウファから逃亡したおかげで処刑から拷問に切り替わり、死なずには済んだけど「銃殺の方が楽だった」と言いたくなる目にあったようです。
・そして宝探しスタート。屋敷裏の小高い山に入り、ビエールカ&シシェノーク&ミハルコフ組と、ユロフスキー&バレンチナ組の二手に分かれて探索です。真剣に探索するユロフスキーの真後ろで「あっちがよかったな私も・・・」と心の中でガッカリするバレンチナちゃんマジカワイイ。
・結局「探し物」は屋敷の中には無かったのか。
・探索しながら自身の見解を述べるミハルコフ。女装パパ/フェリックス・ユスポフの存在とシシェノーク&ビエールカの正体に気付いた後、例の別荘がユスポフの物とは思えない程質素である事に疑問を抱いていました。あの別荘はユスポフが建てたのではなく「さる名士の別荘」をユスポフが買い取った物ではないのか。その造りはまるでホテルのようだが設備から考えてホテルではない、しかし別荘にしては作りが堅い。印象としては「名士が季節を問わず隠れ住む為に建てたか。もしくは名士のパトロンが名士と共に過ごす為にあえて富豪的な意匠を排除して建てた」・・・
・つまりこの別荘は、ラスプーチンが住み、イリーナが逢い引きしていた場所という事なんでしょうか?
・そうしている間にユロフスキーが地面に埋まった扉を見つけました。普通に真面目だよねユロフスキー。
・扉の前に集まり、緊張感に覆われる一行(バレンチナ以外)。ミハルコフはバレンチナに「ここから先 見るものは生涯口外するな」と注意しています。いや・・・そんな事を言うならわざわざ一緒に中に入らずにバレンチナ1人をここに待機させとけば良いんじゃないのか・・・いやでも彼女も一緒に来ないと有事の際のビエールカの世話とか今後のリアクション(笑)が出来なくなるから一緒に行くべきですね!納得!
・扉を開けると地下に続く階段が。ビエールカ&シシェノークはミハルコフの手紙の「道」というキーワードから、こういった通路の存在そして探し物はその先にあるかもしれない事に思い至ったようです。ビエールカはこの記述が無かったらウファからそのまま連邦を出ていたかもしれないと語っていました。その感謝の意でミハルコフに抱き着いたのかなービエールカ。
・地下道を進んだ先には地下鉄の線路が。ユロフスキー曰く、この地下道は有事に際し為政者を安全に逃がす為に作られた物、そして為政者でなくても国の存亡を左右する程の重要人物(ラスプーチン)の主な逗留場所に地下鉄が引かれても不思議ではないと。
・地下鉄のホーム(という程立派な物ではないけど)にある小さな扉を開けると小さな部屋が。壁には絵画がかかり暖炉やソファまであって、狭いけど居心地は良さそうです。
・正直「扉を開けたら実は生きていたラスプーチンが飛び出て来る!」というサプライズが有るんじゃないかと思ってました(笑)
・こういう地下室での暖炉って酸素というか空調というか大丈夫なんでしょうか。でも扉は質素な木造で気密性は低そうだし外は地下鉄の通り道でひらけているし、この地下道もどこかでは地上に通じているだろうからそんなに心配しなくてもいいのか?
・部屋中を探しまわる男3人。ビエールカとバレンチナはソファに座って待機。そしてミハルコフがそれらしき物を見つけます。
・ミハルコフの片手に収まる大きさの、装飾を施された卵型トロフィーみたいなソレは「黄金のイースター・エッグ」。シシェノークによれば、祖父アレクサンドル三世が妻に贈ったモノが最初と言われ、名工の手によって作られたソレはロマノフ家の依頼だけでも50個以上作られ、ロシア内外の貴族からの依頼も多く、中にはユスポフ家からの依頼もあったという・・・。そんな物が有ったのを初めて知りましたよ(汗)ネットで「イースターエッグ ロマノフ」とかのキーワードで検索すると似たような物が出てきますね。
・そんなシシェノークの説明に目を見開いて呆然とするバレンチナちゃん。シシェノークの正体に気付いたようです。
・興奮と緊張が入り交じったような表情でイースター・エッグを見つめるビエールカ。横にあるスイッチを押すと、中から小さなプレート(?)に入った写真が二枚飛び出てきました。1枚はラスプーチン、もう1枚はイリーナ=アレクサンドロヴナ。つまりビエールカの実の両親の写真。感極まり、イースターエッグを抱きしめるようにうずくまって涙を流すビエールカ・・・
ラスプーチンは今までの描写(影だけのシーンとか目のアップのシーンとか)ではイケメンオーラを醸し出していたのに、写真は史実通りのヒゲオッサンでした。何となくガッカリ。
・私の中でのラスプーチンのイメージは格闘ゲームワールドヒーローズ」のアレです。(古い)
・そして場面は変わり、ビエールカからの探し物発見の報告を電話で受けるフェリックス。シャツの胸元をはだけ、ソファ(ベッド?)に横たわってタバコをくわえながら電話でビエールカと会話するその様子はとてもアンニュイですね。てゆーかプライベートでもその女装ヅラかぶってフルメイクなんですかパパ。それともメイクじゃなくて素でマツ毛長いのか?
・もしかして「旦那が頻繁に女装してます!しかも似合ってるのがムカつきます妻として!(涙)」というイリーナの心のスキマにラスプーチンが入り込んだのが騒動の原因なんじゃね?
・フェリックスがイースター・エッグの存在をイリーナから聞いたのは亡命後。イリーナとラスプーチンの写真が一緒に入っているコレが人目に触れると「純粋に大ロシアの未来を憂いて行ったラスプーチン殺しが単なる痴情のもつれとして語り継がれてしまう」というのがフェリックスの心配だったようです。ビエールカはそんなフェリックスの言葉に対してちょっとだけ懐疑的のようですが。
・フェリックスとビエールカの間には血のつながりは無いとはいえ、彼女にとっては「ラスプーチンが殺された時点でフェリックスとイリーナの間に愛が存在したかどうか」というのは結構大きいのかもしれません。自分の母親が愛されていたかどうか、フェリックスが妻を愛していたかどうか、つまりビエールカの父親ラスプーチンが愛情の結果に1人の男として殺されたか、それとも大ロシア中の人間に忌み嫌われる悪魔として処刑されたか。
・「これはね名誉に関わる話なんだ 私に残されたモノなんてもうそれくらいなのさ」考えてみればフェリックスも悲しい人間ですよね。妻は寝取られ、夫婦の愛情は無くなり、自分の血を引く子供は無く、家は没落。残ったのは大ロシアの為のラスプーチン殺しという名誉だけ・・・
ラスプーチンやビエールカの「相手を酩酊させる目」の効き目って実際どれくらいの時間続くんでしょうかね。見つめられている間(+直後数時間?)だけ効いて時間が経てば効果が薄まるのか、それとも一回催眠状態させた相手は永遠に虜にできるのか。「今現在もずっとラスプーチンを愛し続けている妻」ではなく「一時的な催眠状態の結果浮気しちゃった妻」であればフェリックスのショックも多少は軽減する・・・かなあ?(汗)
・でも「残されたのは名誉だけ=夫婦間の愛情は結局復活しなかった」という事には変わりないので、フェリックスにとってはどっちでも良いのかも。
・このイースター・エッグはイリーナが作らせた物のようです。 もし「一時的な催眠状態のせいでハジけたイリーナが一時のテンションに身を任せて作られた二人のラブラブイースター・エッグ」とかだったらビエールカは母親の黒歴史回収のためにこんな任務に就いていたという事になってしまうので、やはり「イリーナは今でもラスプーチンを愛していて、ビエールカは両親の愛の証を手に入れた」という物語であった方が美しいよね。
・とはいえラスプーチンからイリーナに対しての感情の描写が無いのでイースターエッグを「愛の証」と単純に表現してしまっていいのかどうか微妙な所ですが。
・でもそのラブラブイースターエッグを隠れ家に大切に保存していたという事はラスプーチンもイリーナに対して悪い感情を持っている訳ではなかったと考えられます。
・会話の内容からすると、探索が始まる前にビエールカとフェリックスの間には「この任務が成功したら堂々とユスポフの名を名乗っても良い」という感じの約束があったようです。もしかして前回「母親の姓を名乗りたい」というビエールカの希望に対してシシェノークが「それを名乗れるようになるために出来る事を探していこうよ」と答えた結果、フェリックスとの約束(交換条件)が発生し、イースター・エッグ探索の任務が始まった、という事なのでしょうか。
・しかし望んでいた筈の許可を得た直後に電話を切るビエールカ。どこか晴れやかな表情で「岐路(ラスプーチ)」「考えたら悪くはない姓だわ」とシシェノークに話しかけます。
・平凡な人間であれば、親からの愛情を受け、愛されているという自信を持ち、また両親の存在によって自己の基盤・ルーツを実感し、そこから自我を確立して自分の人生を歩んでいく、という感じで成長していくと思うのですよ。しかしビエールカは母親の浮気の結果生まれ、赤ん坊の時に窓から落とされユスポフ(家庭)に拒絶され、病院で生活し、実の父親はロシア中から忌み嫌われているせいで名乗るどころか受け入れることも出来ず、自分を治療するはずの医者の思惑によって足を失い、自分の力では動かすことの出来ない車椅子を与えられ、皇太子の道具として作りあげられ、一時は自我すら失っていました。あらゆる意味で「自分の足で人生を歩んていく事を奪われた存在」だったわけです。
・シシェノークとのふれ合いによって人間らしい心を取り戻したとはいえ、彼女には自分を確立するための基盤が無い、いくら聡明で貴族然とふるまっていても、自己を確立するために必要な自信もルーツも持っていなかった(感じる事が出来なかった)のではないでしょうか。ユスポフの名(母親と同じ姓)を名乗ることを条件としたのも、決して財産や地位(没落してるけど)が欲しかった訳ではなく、自分がどこの誰であるかというルーツが欲しかったからなんでしょうか。
・もちろん単純に母を慕う子供としての感情もあったのだと思いますが。
・しかし目的の物を探し当て、ラスプーチンとイリーナの証を手にしたことで自分のルーツを手に入れた(国にとっては大罪人でも自分にとっては父親であり、母親が愛した男であると実感として受け入れた)ビエールカはユスポフの姓に固執する必要は無くなった。だからフェリックスとの電話を自ら切り、「ラスプーチ」を受け入れ微笑むことが出来た。・・・という個人的解釈です。
・春スネのキャッチフレーズの一つに「喪失と奪還の物語」というのが有りましたが、これは「失われたビエールカ自身の人生を取り戻す物語」という捉え方も出来ますね。
・あやふやで偽名でしか呼ばれない存在だった「ビエールカ=ザイツェヴナ=スネグラヤ」は溶けて無くなり、暖かい春を生きる「ナディア=グレゴリエヴナ=ラスプーチナ」が生まれたのです。よし死亡フラグ回避!!
・サクサクと場面が変わってビエールカ&シシェノークの・・・いやナディアとシシェノークの新たな旅立ちと別れ。
・ロマノフの生き残り・アナスタシアを名乗る「アンナ=アンダーソン」という女性に会いに行くためにドイツに向かうようです。あの処刑の後、マリアとアナスタシアにはまだ息がありましたが、白軍に保護された後どうなったかは判らないという状態。ユロフスキーは「ロマノフ家皇女の騙り者は多いから」とその存在を疑問視しているし、シシェノーク も「多分違うだろう」とは思っているようですが、それでも真偽を確認するために出発です。
・最後にとシシェノークに話しかけるバレンチナ。「もうっ・・・胸がいっぱいで・・・ご無礼の数々を・・・(涙目)」とへたり込みます。皇太子に向かって正面から「シシェノークは元従者?」とか言ってたしな(笑)このシーンの前フリの為に地下道に入ったと言っても過言ではないよ!
・でもバレンチナの「何も知らない故の気安さ」は二人にとって大きな癒しだった筈だよ。バレンチナちゃん癒しカワイイ。
・「一緒に住むOGPU局員が貴方でなかったら私達はすぐにでもモスクワに連れ戻されていた」とミハルコフに礼をいうナディアに、「若い女の肉体を少しでも長く手元に置いていきたくて報告を怠ったとは考えんのか?」と皮肉(冗談?)を言うミハルコフ。
・十代の少女が自分の肉体を弄んだ相手に対してこんなにも愛情深く親密に接する事が出来る事についてだけはちょっと・・・いや、ある意味「合意の上」ではあるしナディアも覚悟した上での関係なのだろうけどもさ・・・3年の間に情が湧く事も有るだろうけどさ・・・それがナディアの強さだと言えばそうなのかも知れませんけど・・・ナディアもミハルコフの台詞に対して不快を表すどころかちょっと赤面して照れてるだけだし・・・アレって「そんな事もあったけど今はいい思い出だよねウフフ」で済まされるレベルの出来事なの・・・?ナディアの事は好きだし春スネの物語も好きですが、ここだけはどうしても上手く納得できない(苦)
・そしてこの会話はユロフスキーやバレンチナの目の前で堂々と交わされているんですけど、ナディア的には良いのかソレは。隠しておきたい(のではないかと思われる)自分の痴態を他人の前で暴露されたも同然なんですが。それとも二人の関係は公然の秘密だったというのか。
・ミハルコフは元騎兵連隊にいたので王家の人間を危機に晒すような真似はできないという挟持があったそうですよフーン(棒)
・「お元気で皇太子 ナディア=グレゴリエヴナ」旅立つ二人に手を振るバレンチナと、敬礼して見送るミハルコフ。
・ユロフスキーが運転するトラックの荷台の上で語り合うナディアとシシェノークと車椅子(何)。アンナ=アンダーソンが偽物でも本物でも、彼女はロシアには戻らないし僕らは戻ってくる そこに違いはないと言うシシェノークは、諦めを含んだような穏やかな表情です。
・アンナが偽物だった場合「実の弟と、自分が使っていた筈の髪飾りをつけた長姉そっくりの少女を目の前にして必死にアナスタシアを演じる」という大変滑稽な状況になる訳ですね。
・でも春スネ内の場合、本当にアナスタシアなんじゃないかなーと思ってます。でもアナスタシアから見れば、ラスプーチンの娘であるナディアの存在って結構複雑なんじゃないだろうか。
・「ナディアを主役とした物語」である春スネは残念ながら今回で最終回なのですが、もし物語が続くとすればこれからは「シシェノークを主役とした物語」が始まるのではないかと思います。実の姉(と思われる人物)に会いにいくのもその前フリで。
・バレンチナ達からの別れの言葉が「お元気で皇太子 ナディア=グレゴリエヴナ」だった事からも判るように、彼は現時点では「ナディアの脚として生きている」状態であり、正体を知る人間からはあくまでも「皇太子」として認識されています。アンナ=アンダーソンに会いにいく旅をきっかけに、彼もいつかは「ナディアの脚でもなく皇太子でもない、1人のアレクセイとしての人生」を手に入れるのかもしれません。
・そして二人がそれぞれ自分の道を見つけて歩むことが出来るようになった頃に何らかのストーリー展開で破壊される薔薇の車椅子。という妄想。
・前回ラストで雪娘ビエールカがトロパリ(復活祭の時期に歌われる祈祷文)を聞き、復活祭で使われるイースター・エッグの中から両親の写真が現れ、復活祭/春の訪れとともにナディアの人生も復活した、と考えて良いんでしょうかね。
・「雪娘はこの国を去らなければならないけど 冬はまた巡って来るからね」お互い身を寄せながら空(読者)を見上げる二人を乗せたトラックは雪解けの道をどこまでも進んでいく・・・二人の旅はまだ続くのです。私達読者が二人を追えないのは残念ですけどね。
・しかし「冬はまた巡って来るからね」の台詞は考えようによっては二人の道にまだまだ困難が立ち塞がっている事を暗示しているような気もしますが、どんなに厳しい冬を迎えても必ず春が巡って幸せを手に入れられる人生が待っていると信じています。
・ところで「エロティクスf」は残念な事に次回発売号を最後に休刊してしまうようですよ・・・私は春スネが始まってから購入を始めた新参ですが、慣れ親しんだ雑誌が無くなってしまうのは寂しいですね・・・(悲)